2024年4月15日月曜日

知財としての営業秘密の理解

知財といわれてまず思いつくものは、特許であり、次に商標、意匠、実用新案かと思います。しかしながら、営業秘密を知財として挙げる人はあまり多くないかもしれません。
この理由としてはいくつか考えられますが、まず、特許等の権利化は権利化業務といった「仕事」或いは「ビジネス」として確立していることにあるでしょう。そして、特許等の出願をより多くしようとする組織である特許庁や特許事務所といった存在が大きいと考えます。
すなわち、特許庁が旗振り役となり、企業に特許出願を促し、その依頼を特許事務所が受ける。これにより、特許庁は自身の存在意義を大きくし、特許事務所は利益を挙げることができます。そして、企業は、特許権を取得することにより、特許に係る技術を独占したり、他者にライセンスすることで間接的又は直接的に利益を得たり、年間の特許出願件数や保有している特許権数を自社の知財としてアピールします。
一方で、営業秘密に関しては、上記のような権利化業務という「仕事」や「ビジネス」は存在しません。さらに、特許庁や特許事務所が権利化は止めて営業秘密化しましょう、とのように旗振りを行うことも殆どありません(経済産業省等は営業秘密の理解を深める活動を行っています。)。当然ですが、企業が自社で保有している営業秘密の数をアピールすることもありません。

このような理由により、企業(知財部)は営業秘密を知財として認識し難いともいえるでしょう。しかしながら、実際にビジネスに用いられる特許権は全体の一割や二割ともいわれ、そもそも特許出願を行う目的がその数となっている企業も少なからずあります。その結果、特許出願がコストをかけて無駄な、下手をすると競合他社に利益をもたらす技術情報の開示を行っている可能性もあります。

一方で、営業秘密は、製品の詳細な技術情報、製品の製造方法、製品の組成であったり、実際に企業がビジネスに用いている情報である場合が多いのではないでしょうか。
このため、転職が一般的になっている昨今、営業秘密とする情報にはアクセス制限を行ったり、サーバ等へのアクセスログを取る等して、企業は営業秘密を転職者(転出者)が持ち出すことを防止又は持ち出しを検知しています。

ここで、情報を営業秘密とするためには、情報を特定したうえで、秘密管理性、有用性、非公知性を満たさなければなりません。
営業秘密とする情報が顧客情報や取引情報等の営業情報の場合では、このような営業情報が公知となっている可能性は低いので、秘密管理性を満たせば有用性及び非公知性も認められる可能性が高いです。
一方で、技術情報に関しては、特許公報や学術論文、雑誌、インターネット等によって既に公知となっている可能性もあります。また、自社の製品をリバースエンジニアリングすれば知り得る情報となる可能性もあります。このため、技術情報は秘密管理性を満たしていても、有用性や非公知性が認められない可能性があります。

従って、知財の立場からすると、技術情報が既に公知又は将来公知となるかを判断し、営業秘密にできるか否かを判断する必要があります。そして、現在は非公知であるもの、将来は公知となるよう技術情報であれば、特許出願するという選択肢も取り得ます。また、事業戦略の観点からも特許化又は営業秘密化の検討するべきでしょう。
このため知財としては、自社で創出した技術情報をどのような形式で知財とするかを判断するために、秘密管理性は当然のことながら、営業秘密としての有用性及び非公知性を理解しする必要があります。


ここまでが、自社で創出した営業秘密(技術情報)に関する考えです。次は、自社への転職者(転入者)が持ち込んだ技術情報に関してはどうでしょうか。

転入者が持ち込んだ技術情報は、前職企業の営業秘密である可能性があります。他社の営業秘密を許可なく使用した場合には不正競争防止法違反となり、民事的責任や刑事的責任を負う可能性があります。しかしながら、転入者が持ち込んだ情報であっても、営業秘密でなければ(特許権や著作権等の他の権利侵害がないならば)使用できます。

すなわち、転入者が自社に技術情報を持ち込んだ場合、当該技術情報が他社の営業秘密であるか否かの判断を自社で行う必要があります。例えば、転入者が持ち込んだ情報を全て他社の営業秘密として扱ってしまうと、本来使用できる情報を使用しないことになり、さらには、転入者の能力に足かせを与える可能性もあり、その結果、転入者は自社では能力を発揮できないと考え、他社に転職する可能性もあるでしょう。
一方で、転入者が持ち込んだ情報に対して営業秘密であるか否かの判断を行うことなく、自社で使用してしまうと、上記のように営業秘密侵害となり、自社に損害等を与える可能性があります。

では、転入者が持ち込んだ技術情報が営業秘密であるか否かの判断はどのようにすればよいのでしょうか。それは、第一には非公知性を判断することだと思います。
転入者が持ち込んだ技術情報が公知の情報であれば、それは営業秘密ではありません。このため、特許文献や学術論文等の調査を行うことで当該技術情報の非公知性を判断することが考えられます。そして、全く同じ情報が公知となっていなくても、特許でいうところの設計事項程度の違いであれば、有用性が無い可能性があります。有用性が無い技術情報も営業秘密ではないので使用可能です。
このような非公知性や有用性の判断は、知財(知財部)の得意とするところでしょうし、法務や技術者自身がこのような法的な判断を行うことは難しいと思います。

では、秘密管理性の判断はどうでしょうか。転入者が持ち込んだ技術情報が転入者の前職企業で秘密管理されていたか否かを客観的に判断することは非常に難しいと思います。仮に転入者が、前職企業において当該技術情報を秘密管理していなかったと説明したとしても、それが正しいか否かを判断することは想到難しいでしょう。
他にも、転入者が自身で創出(発明)した技術情報であるから使用することに問題ないとのような説明をすることも考えられます。これについても、法解釈の観点と共にその説明を客観的に判断できないという問題があります。
すなわち、転入者の説明をうのみにして転入者が持ち込んだ技術情報の営業秘密性を判断することには高いリスクがあります。

以上のように、技術情報については、その営業秘密性の判断について、法的な視点とと共に技術的な視点が当然必要となります。このため、技術情報の営業秘密性については、特許等と同様に知財としてあるかう必要があると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2024年3月31日日曜日

判例紹介:営業秘密の特定について

本ブログでは、営業秘密の特定について度々述べています。
訴訟において営業秘密の特定ができていないと、秘密管理性、有用性、非公知性についても裁判所は判断できないことになります。このため、営業秘密侵害を主張する場合には、営業秘密であるとする情報の特定が第一に重要となります。

今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年2月19日判決、事件番号:令4(ワ)70057号)は、「服のパターン」が営業秘密であると原告が主張した事件です。被告は、原告の元従業員であり、原告を退職後にSNSを利用して被告製品を含む被告の製品やその展覧会の宣伝等をしています。

本事件では、原告は営業秘密とする服のパターンとして、原告の製品の品名、品番等を示しています。このような原告による営業秘密の特定に対して、裁判所は以下のように判断しています。
原告は、一般的に服のパターンがアパレル事業において重要な情報である旨を主張するものの、本件パターンについては、別紙営業秘密目録各記載のとおり、原告の製品の品名、品番等を摘示するにとどまり、本件パターンそのものの具体的な内容、形状等については具体的に主張せず、これに関する証拠も提出しない。このため、本件パターンに係る情報の具体的な内容等は不明というほかなく、そうである以上、これが、事業活動において有用性のある技術上又は営業上の情報であるとも、公然と知られていない情報であるともいえない。

原告と原告の元従業員であった被告との間では、「原告の製品の品名、品番等」でもお互いに服のパターンを認識できるのではないかと思います。しかしながら、裁判所は「原告の製品の品名、品番等」では服のパターンを認識することはできません。

なぜ、営業秘密の特定が必要なのかということを考えると、営業秘密の特定がなされていないと秘密管理性、有用性、非公知性の判断を客観的に行うことができないためです。
特に服のパターンは、所謂図面のようなものであるため技術情報とも言えます。このため、公知の情報との対比によって有用性及び非公知性を判断する必要もあります。そうすると、服のパターンが特定できなければ、公知の情報との対比は全くできません。

さらに、被告は「そもそも、服のパターンは縫製を解けば再現することができることから、非公知性の要件を充足しない。」とも主張しています。これは、原告が主張する服のパターンを用いて製造販売された服をリバースエンジニアリングすることで、当該服のパターンと同じ情報が容易に得られれば、当該服のパターンは既に公知になっている、という主張です。営業秘密の特定ができないと、このような被告の主張に反論することもなく、訴訟が棄却されます。

以上のように、自身が主張する営業秘密を特定しなければ、営業秘密侵害は100%認められることはありません。なお、本事件では「原告の製品の品名、品番等」は特定できるので、これに対応する「服のパターン」の特定は容易であると思えるのですが・・・。なぜ、その「服のパターン」を裁判において示さなかったのかはわかりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年3月25日月曜日

判例紹介:「営業秘密を示された」とは?

不正競争防止法第2条第1項第7号には営業秘密の不正行為として下記のように規定されています。
不正競争防止法第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
では、営業秘密が「示された」場合とは、どのような場合でしょうか。そのことが争点となった裁判例(大阪高裁令和6年2月9日判決、事件番号:令5(ネ)1657号)を紹介します。

本事件は、被控訴人(原審被告)に所属する研究者が控訴人(原審原告)となっており、控訴人は振興会の科学研究費助成事業により交付される科研費を用いてするUCN(超冷中性子)の研究に従事していました。そして、控訴人らは、同研究において製作し、被控訴人に寄付した本件物件(UCN源)を被控訴人が使用等することは控訴人らが本件物件について有する営業秘密侵害であるとして提起しました。

より具体的には、被控訴人が控訴人らの寄付を受け入れたことにより、本件物件の所有権を取得するものの、本件物件に化体する本件情報に関する権利は控訴人らに帰属したままであり、被控訴人は本件情報に関し、控訴人らに対して信義則上の秘密保持義務を負うものというべきであるものの、被控訴人は本件物件の管理目的を超えて、本件物件を第三者との共同研究の用に供している、というものです。
なお、原審では、控訴人らの主張する営業秘密が特定されていないから請求(訴訟物)は特定されておらず本件訴えが不適法であるして棄却されています。また、裁判所は、被控訴人の秘密保持義務も認めませんでした。

本事件(高裁)では上記のように、「被控訴人が営業秘密を示されたのか」についてが争点となっています。
まず、控訴人が被控訴人に寄付した本件物件(UCN源)の本件情報(控訴人主張の営業秘密)ついて、控訴人は「本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器(構成部品)を含む仕組み自体であり、形状及び構造にあっては、本件物件全体及び各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報」であると主張しています。
さらに、この本件情報に対して控訴人は、「本件物件の外観を見ただけでは解析が不可能であり、控訴人らの関与なしにはこれを取得できないため非公知性は維持されている」とも主張しています。


これに対して裁判所は、以下のように判断しています。
確かに、本件情報が控訴人ら主張のような技術情報であるなら、本件物件2のうちHe-Ⅱ冷凍器は被控訴人が管理し、その余の本件物件は第三者が管理しているものの、本来の目的である実験等に利用されているだけであって、控訴人ら主張の本件情報を得るための詳細な分解検討等がなされたわけではない以上(科研費で購入された本件物件につき、その可能性も考え難い。)、控訴人らの関与なしにはこれを取得できないとされる本件情報(本件物件の外部形状、内部構造及びその機能を発揮させるため組み上げられた各部の装置や機器を含む仕組み自体、あるいは本件物件全体及び上記各構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報)は、なおこの被控訴人を含む第三者によっても知られていないと考えられる。そして、そうであれば、本件情報が営業秘密としての特定が不十分であることはさておき、その非公知性はなお維持されていることを否定できないというべきである。
しかし、そうであれば、被控訴人が本件物件の寄付を受け、これらをその管理下においたとしても、それだけでは本件情報を知ることができないということになるから、争点(3)ウにおける被控訴人が本件物件の寄付を受けることで、これにより、あるいはその際、営業秘密たる本件情報を示された旨をいう控訴人らの主張する事実は認める余地がないということになる。なお、控訴人らが被控訴人に対して本件物件の引渡しのほかに本件情報を開示したとの事実は主張立証されていないことはもとより、これをうかがわせる事実はない。また、控訴人らの主張に従う限り、本件物件を実験等に利用したとしても、そのことで本件物件の構造等にかかわる本件情報を知ることができないはずであるから、被控訴人は現時点においてもなお本件情報を「示された」とも認められないということになる。
裁判所の判断を要約すると、下記のようなことと理解できます。
①被控訴人が主張するように、本件情報は本件物件(UCN源)の仕組みや構成部品の形状、寸法、加工及び組立てに関する情報であるため、本件物件が被控訴人の管理下にあるとしても、非公知性は維持されている。
②本件情報の非公知性は維持されているため、本件物件を管理している被控訴人であっても本件情報を知ることはできないし、他に本件情報が被控訴人に開示された事実はない。
③被控訴人は本件情報を知らないため、被控訴人が本件物件を寄付され、使用していても被控訴人に本件情報を「示された」とは認められない。

なお、裁判所は、本件物件の引渡しのみで本件情報を示された、すなわち「営業秘密を示された」ことが肯定されるというのなら、被控訴人は秘密保持義務を負わないため、本件情報は既に非公知性が失われたことになって営業秘密の要件が充足されない、とも述べています。

上記の裁判所の判断は妥当であると思われますが、このような営業秘密に関するトラブルは想定し得ることでしょう。
例えば、企業間における共同研究開発において、共同研究開発先が独自開発した装置を借りて実験等を行う場合に、当該装置の内部構造に対して秘密保持義務を課されており、その後、借りた側が同様の装置を製造等した場合です。
このような場合、貸した側は営業秘密侵害を主張したくなりますが、借りた側は当該装置を「営業秘密を示された」ことにはなりませんので、当然、営業秘密侵害とはなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信